人と人、人とまちをつなぐ宿場/ITB4

□問題意識

交通機関の整備による利便性の向上や情報通信の発達により、地方の田舎で暮らす事が十分可能な世の中になって来ている。IターンやUターンで田舎暮らしを始める人も増えて来ている一方で、まちには役所の窓口くらいしか彼らの受け皿がなく、自分の暮らすまちに愛着や誇りが持てていない現状に問題を感じた。

 

まちについて知ろうとしても観光資源や大手企業がないと「なにもない」と言われがちだが、よく見ると広がる田園風景や小さな商店などの陰ながらまちを支えている存在がある。それらと直接関わる事ができれば、まちの特色や生活はもっと身近な存在となるのではないか。

Iターン・Uターンの現状

Iターン・Uターンの失敗の一番の原因は、移住前にイメージしていた生活と実際の生活とのギャップである。移住窓口等でまちの情報を手に入れるだけでは、実際の土地の生活スタイルや性格、特色を生で感じることはできない。

 

●第1次産業の現状

日本の第1次産業は減少傾向にあり、かつ後継者不足に悩まされている。農業を始めようとしても、一人前に農業を営むまでに必要な知識を身につけることができづらい環境となっており、更に第1次産業の衰退が進行してしまう。

□敷地 福岡県小郡市

小郡市は、中央部を南北に宝満川が流れ、その流域にはのどかな田園風景が広がっている。

18 世紀に松崎宿場が設置され、筑前と筑後に通じる交通の要衝として栄えた。現在も、九州自動車道と大分自動車道が交差する鳥栖ジャンクションに隣接し、南北には西鉄天神大牟田線、東西に甘木鉄道、大分自動車道があり交通の要衝となっている。

 

まちの中心部は西鉄小郡駅と甘木鉄道小郡駅のある部分で、7世紀末には郡役所も置かれたところである。しかし、近年では西鉄大牟田線駅沿いの住宅地化が進み、市街地が広がっている。最近では、市が西鉄大保駅周辺に大型店舗を誘致し始めており、新市街となろうとしている。(現在あるのは規模の小さいイオン。)

●鉄道乗降者数

西鉄小郡駅 1日平均乗降人員11,640人(H24年度)

甘木鉄道甘木線 1日平均乗車人員1,011人(H20年度)

 

●昼間人口

昼間人口 48,346人  昼夜間人口比 82.6%(平成22年国勢調査)

西鉄小郡駅と甘木鉄道小郡駅が交わるため、甘木方面から福岡天神に方面に向かう際にも利用される。甘木鉄道から西鉄に乗り換えるには、一度改札を出て、西鉄まで歩く必要がある。市外の人々が小郡のまちを歩くきっかけがあるにも関わらず、小郡のまちらしさを感じるものはない。

●まちづくりに関する市民の意識調査から見たまちの問題

大型店舗誘致による田園風景の崩壊と既存商店の経営難

市の好きなところとして、「農地や山林などが多く残る所」とある一方で、大型店舗の誘致により、そのような田園風景が消えつつあるのが現状がある。また、西鉄大保駅周辺への大型店舗の誘致により、まちにある商店の経営が厳しくなることが予想される。

 

交通網が整っていない

まちには福祉施設、医療施設、歴史資料館や図書館は整っているが、それら利用しやすくするための公共交通が整っていない。

農林業を主体とした、人と自然環境の調和した田園住宅都市を求めるものの、小郡市の第1次産業は急激に衰退していっている。

●小郡の宿場町 松崎宿

江戸時代の松崎は、薩摩街道沿いの宿場町として大変栄えた。かつては宿場として、外から訪れた人々への休憩、宿泊、商いだけではなく、宿場のまわりの農村の人々に対しても農具を買ったり、作った作物をお金に買えるような生活の場であった。

 

宿場内には現在でも、旅籠油屋や南北の構口など当時の面影を残す文化財が数多くあり、枡形の地割や桜馬場は当時の宿場町の風情が残っている。しかし、松崎宿は中心地とは離れた場所にあり、住民にとって身近な存在ではない。

□キンニャモニャセンター 島根県海士町(レファレンス)

観光客にとって:港、待合所、情報収集、食事、買い物の場

住民にとって:憩いの場、駅、休憩所、買い物の場、祭りの場、駐車場

農家や漁師にとって:品物を販売する場

 

港というよそ者の場が住民にとって生活の場となることで、まちの特色や生活がより身近に感じられる。

キンニャモニャセンターとは離れた場所にCAS凍結センターのようなまちを支えている施設があるため、実際にキンニャモニャセンターを利用する際にはまちの生産現場と繋がっていることが見えづらい。1つの商品に対して誰かの手が関わっていたりすることを見せやすくすることで、まちとのつながりを感じやすくできる。

●若者、よそ者と農家、漁師をつなぎ、新しい世代へと引き継ぐ流れを作る

□プログラム

観光案内所、役所窓口(定住/産業/商工)、農業研修センター、農業体験施設、休憩施設(カフェ・レストラン)、市場(コンビニ)、駐車場、ロータリー、トイレ、歴史館

 

住民、よそ者が利用する場にまちを支えて行く人材育成の場や情報提供の場をつくることで、よりまちとの関わりを持たせやすくする。

 

また、かつての宿場の在り方と同じように、外から訪れた人々だけではなく宿場のまわりに暮らす住民の生活の場にする。

最終イメージ

IターンやUターンで地方に移住してくる人がいるものの、そのようなよそ者のための施設はほぼないのが現状で、カフェなどの休憩や憩いの場がほとんどないような田舎のまちにあるのは既存の公共施設くらいしかない。

 

小郡市は交通の便の良さから人口が増加し、近隣の市町村からの出入りもあるにも関わらず、まちで消費活動を行ったり、まちについて知ったりといった、「まちで何かを行う」ことができづらい。まちで活動を行えるようにすることで、土地との関わりをつくり、まちに対する愛着や誇りを持てるようにする。

 

今後行われるロードサイドの大型店舗の誘致により、まちの重心が変化し、車への依存がますます強くなり、車に乗れない人々にとって暮らしづらいまちになってしまう。現在の中心地である駅周辺を再度、まちの農家や商店とつながりを持ち、住民やよそ者が利用したいと思えるような、みんな活躍できる情報発信の場にすることで、まちの性格や特色が体感できるようになり、田舎の風景を守る事もできる。

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コメント: 1
  • #1

    admin (月曜日, 22 9月 2014 10:15)

    相変わらず整理が出来ないし、ダイアグラムもあまり役に立っていない。文章もダラダラと長い。
    問題意識も分からないし、それに対してどのように何をしていこうかも分からない。なぜこの敷地なのかも分からない。
    話があまりにバラバラで修士設計のストーリーになっていない。論文にするにはデータが全くない。

    *もっとコンパクトな文章を書き、小見出しを付けて、ストーリーを何本も描く。
    *問題意識を明確に示す。第1次産業の衰退が問題ではないのだろう?
    *その問題意識をベースに、今まで調べた事例を分析し、それらはなぜ成功しているのかを分析し、「ダイアグラム」で示す。(ただ文章を並べているだけではダメ)
    *海士町はなぜ成功しているのか?壱岐の離島留学の話なども町おこしの参考になるはず。
    http://doctoralcarrasco.blogspot.jp/2009/02/blog-post_3299.html
    *その上で、どんな提案の可能性を探ろうとするか?を示す。
    *敷地は、上記の問題意識をベースとして、選定理由を述べる。
    *役場のサイトで集められるようなデータだけでは見に行った意味がない。